*前編のあらすじ*
ある国の若侍・谷村儀平太は、武勇に優れ、一人の母親に常々孝行する男であった。その若衆・花崎房之助とは公用時以外は片時も離れることがないほどの仲であったが、ある時、家中の若者に武道を教えている藤川峯右衛門という男が、房之助の美しさに執心して恋文を送った。しかし、念者のいる房之助の返事はつれなかった。そこで峯右衛門は儀平太を呼び出し、房之助を自分によこすように言った。すると儀平太はあっさりと「房之助を任せる」と答えた。峯右衛門は儀平太が自分の強さに恐れをなしたと思い、弱虫な儀平太と彼を念者としている房之助を軽蔑するようになった。
このやりとりを伝え聞いた房之助は、儀平太と峯右衛門をうらみ、まずは儀平太を殺そうと屋敷を訪れた。しかし、自分の姿を見てもうろたえていない儀平太を見た房之助は、なにか思惑があるのだろうかと、儀平太の話を聞くことにした。
◎「抜けば玉ちる菖蒲刀」(『今様二十四孝』巻二の(二)より)
儀平太は言った。
「されば、武士が命を捨てるのは、朝夕の俸禄をいただいて身を安く暮らすご主人のためか、あるいは親のために命を捨てるのか、思案分別の及ぶところではない。その外のことにおいては、思慮をめぐらせて惜しむべきは命である。命がなくては、忠孝の二つを何を以って尽くせようか。私が峯右衛門に恥辱を与えられたことは、そなたと念着した色道のあやまり、その情におぼれて軽々しく命を捨てるのは、誠の武士ではない。たとえ腰抜けと笑う者がいても、そいつらは同じ無分別者であるから、さらさら私は恥ずかしいとも思わない。侍は必ず、恥辱も誉れも事によって、道理に暗いという例も世に多い。
必ず峯右衛門に意趣を残さず、主人への奉公を大切にしなさい」
言葉を尽くした儀平太の言い分に、房之助も、
「とかく御料簡あって命を惜しませなさったと承った上は、さえぎって私が申すべきことはありません。何といっても御愛しさのあまりに申し上げたのです」
と、いつもよりもむつまじく語った。しかし儀平太は、
「そなたとは懇ろを切る。私は所存あってとは言えども、峯右衛門に恥辱を取った上は、そなたの情の義理は欠けてしまった。しかれば、不心底の現れた私を、たとえそなたが只今までのように思ってくれるからといって、私は懇ろするべきではない」
と、思い切ったような様子に見えた。房之助は、
(さては私を不憫に思し召すことは、ご心底に忘れてはいらっしゃらないのだろう。それほどに義理を思し召す身ながら、これほどにきたなくも命を惜しみなさるのは、よくよくのご思案の上なのだとは思うけれど…。最前からとかく未練のご心底のようだから、これからすぐに峯右衛門の方へ踏み込み、だまし討ちにして無念を晴らそう)
気持ちを心底に納め、上辺に、
「わかりました。ではこの上は何事も包まず仰せ開けられください」
と言った。しかし儀平太は、
「とにかく命を捨ててはいけない。そのことは必ず理解しなさい」
と、ついに心底を語ることはなかった。房之助も心ともなく、
(とにかく峯右衛門を訪ねてだまし討ちに……)
と心がけて月日を暮らしていた。
そのうちに、儀平太の母親が日ごろの持病のつかえがさし重なり、いつものことと油断していたところに急に取りつめて、七月三日、桐の葉のさそう秋の初風の吹く頃、もろいものは露の命である。
儀平太は野辺の送りを営み、心の限りを尽くして数多の僧を招いて作善の営みをし、十七日に仕上げの御経を結願して、何事も心静かに行った。
今日は九日。幸い峯右衛門の方には弟子たちが集まり、稽古をしているという。儀平太は覚えある刀・左文字と二尺三寸(脇差)に目釘をしめし、供も連れずただ一人、峯右衛門の許へ向かった。
「去る五月五日の意趣、互いに覚えのある事ゆえ言い争うにもおよばぬが、我が母人は継母にて、私が果てれば難儀し給わんことを思い巡らし、至極の無念を堪忍していたのだ。実の母ならば、かくまでの義理を立てるにはおよばぬが、なさぬ仲の恩愛深く、武士の恥辱と孝行を代えたのだ。
今月今日、母人はましまさねば心にかかることはない。御支度よくば討ちかけ申さん」
儀平太はしばらく峯右衛門の用意を待って切り結び、何の苦もなく峯右衛門の鑓を取って首を打ち落とした。そして弟子たちにも、
「私を峯右衛門の敵だと思う者は、何人でもお相手になりましょう。とかく長らえる身でもない。三人五人切るのも、二十人三十人切るのも同じことだ」
高言を言いかけられても、弟子たちの中から前へ出る者は一人もなかった。儀平太は心静かに腹を切り、「介錯」と言ったが、誰も震えて近づかなかった。そこへ房之助が駆けつけた。
「これまでお慎みあったご心底はみな現れました。天晴れのお侍、人でなしの刀にはお掛けしません」
房之助は潔く儀平太の首を討ち、我が懐に抱き、その身は儀平太の腰の物で首を掻き落として空しくなってしまった。
哀れと言わぬ人はなく、惜しまぬ者もなき昔語り。こんな事もあったそうな。
恥をうけ、最愛の恋人と別れ、かたくなまでに命を守った儀平太さん。それはたった一人の継母に孝行を尽くすためでした。
「忠と孝以外のことで命を捨てるのは無分別だ」という考え方は、義理や誉のために簡単に命を捨てる武士道へのアンチテーゼですよね。儀平太さんはなかなか現代的な考え方の持ち主のようです。近年何かともてはやされている武士道ですが、「ホイホイ命を無駄にするなんておかしくね!?」と思っていた江戸人もいたんですねぇ。ちょっと安心しました。
しかしいくらお母さんが大切だからといって、房之助くんに別れを告げるなんて、ちょっとやりすぎな感じもします。どっちかにしか集中できない不器用な人なんでしょうか。房之助くんも儀平太さんの立派な考えを聞いて惚れ直したところにコレですから、さぞ落胆したことでしょう。ともすれば嫌いになってしまいそうなところですが、最終的に儀平太さんの行動を見て、さらに惚れ直したようです。愛されるより、その心意気に惚れる。これぞまさに衆道!!って感じです! 打ち落とした恋人の首を抱いて自害……。なんかいいなぁ!!
そういえば、儀平太さんと房之助くんの関係は、今までのカップルとは少し違いますよね。普通、念者さまは若衆さまに対して敬語を使いますが、儀平太さんはそうではありません。こんなこと、念者さまの身分がかなり高くないとできないと思うのですが……。そんな人に自らアタックしたのか、房之助くん!? 最初っから最後まで、熱っつい子だなぁ。
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