梅色夜話

◎わが国の古典や文化、歴史にひそむBLを腐女子目線で語ります◎(*同人・やおい・同性愛的表現有り!!)

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『甲子夜話』 その三

 相変わらずパソコンの熱が体力を奪う~ッ。『甲子夜話』第三夜はいろいろごちゃまぜでお送りします。


◎『甲子夜話』その三 (「へこ組」&小咄)

<正編十八巻の(二十七)>
 以前は薩摩にへこ組といって、党を結び男伊達をする士がいた。その大略を言えば、この組に入る者は、行状を守ること僧のごとく、まず夙に(早朝に)起きて書を会読し、夜は寝るまで弓矢を射て、婦女に近づくことを禁じている。もし途中で女に会っても、諦視(じっと見つめる)すれば大いに咎めて自害させる。さらにこれを難ずる者がいれば、泡盛酒を多く飲ませ、酔いつぶれたところで枕を払えば、頭が下がって即死する。このようにして先約を罰し、幾年という期限が過ぎれば、組を出て平常の士行に還るという。
 婦女を禁ずるのはかくのごとしと言えども、男色を求め、美少年に随従し、ほとんど主人のようだ、とある人が話していた。

 
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 なかなか恐ろしい団体ですね、へこ組。「へこ」というのは「兵児」と書くそうで、15歳から25歳の若者のことを指すらしいです。あと「褌」という意味もあるそうです。そんな彼らが主人のごとく付き従う美少年というのは、一体どんな子なんでしょう? へこ組の中から選ばれるのでしょうか。それとも一般の子かな。なんにせよ、恋愛関係でトラブルが起こったら、血の嵐が巻き起こりそうですね……(組内恋愛に厳しそう)。
 ちなみに、「意思が弱くなる」「元気がなくなる」という意味の「へこたれる」という言葉は、兵児な年頃の少年に執心して身を破滅させることが語源になっているそうです。

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『甲子夜話』 その二

 「火事と喧嘩は江戸の華」などと言われるくらい、江戸は火事の多いところであったようです。当然『甲子夜話』の著者・松浦翁もその被災地に居合わせたことがあったようで……。


◎『甲子夜話』その二 (火事と蔭間)

<続編二十八巻の(三)>
 このたび世に言う焼け出された人々は、この本庄地に満ち満ちて、明き店(あきだな:人の住んでいない家)は一箇所もない。その中で、予(=著者)の荘の西方に光徳寺という寺がある。ここには焼け出された俳優で、団之助という女形が寓居(仮住まい)していた〔総じて今は女形と称する者は、衣飾髻の様婦女に異ならず。ほとんど男子にあらざるがごとし〕。
 ある日近所の銭湯に行ったとき、この団之助は男湯の方に入らず、女湯に入った。衣を脱いで浴室に入るとき、手を以って陽物を覆い隠し、男の様を現さなかった。と、そのとき同浴した婦女が話していたと伝え聞いた。
 予は笑って、
 「陰具は当然隠すべきだが、乳房がないのはどうするのか」
 するとこの話をした者も笑った。


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 ものすごいプロ根性ですね、団之助さん。身も心も女になりきっています。いやここまで来ると、「なりきっている」のではないのかも。(そういやこの銭湯の話は火事とは関係なかったかな…?)

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『甲子夜話』 その一

 お久しぶりです。毎日暑いですねぇ。パソコンの熱もやばいです。
 さて、先週から高校野球が始まりましたね。高校野球といえば「甲子園」です。では古典で「甲子」といえば?
 というわけで、今回は江戸時代を代表する随筆『甲子夜話(かっしやわ)』から、男色にまつわる記事をピックアップしてお届けしようと思います。


 『甲子夜話』は、平戸藩藩主・松浦清が隠居後の1821年11月17日、甲子の夜に執筆を開始した、正編100巻、続編100巻にも及ぶ大作随筆です。江戸中後期の政治や風俗を知る貴重な資料となっています。
 この膨大な資料の中から、某先生のお力をお借りして男色関連の記述を抜き出してみたのですが、いかんせん松浦翁は完全ヘテロなので、乙女にやさしい内容ではないことを、最初にお断りしておきます。
 しかし、中立の立場から見てこそ、当時の真の男色の姿が知れるというもの。まずは松浦翁の男色観から見てまいりましょう。



◎『甲子夜話』 その一 ~ヘテロと男色~

<正編二十八巻の(十)>
 男女の道は人の常であるのに、またたまさかには偏気を受けて生まれる人も世の中にはいるものである。
 信州を領するある侯は、婦女を殊更に嫌って、そのにおいも嫌だと言う。それゆえ奥方もいたが、顔を合わせるだけで、それぞれの場所に離居し、すべて女を近づき寄せることはなかったそうだ。
 また領地(平戸)に鯨漁を生業として富める者がいる。これも婦女嫌いで、下女などが厨下に奔走する以外は、近くには女はいない。しかし、妻がいないといっては吝嗇(りんしょく=ケチ)だと非難されると思い、京都かまたは近領富家の娘を妻に迎えた。しかしもとより別居して、たまさかに呼び見るだけの有様ゆえ、妻も疲れ果てて、ついに別れてしまったという。
 この類の人は、天地の偏気を受けた者なのだろう。


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 「偏気」とは「かたよって調和の取れていない天地の気」(広辞苑)だそうです。人の常なる道から外れた人は、この偏気を受けて生まれてきたのだろうというわけですね。ほめるでもなく、けなすでもなく、「こういうヤツもいるんだな」という感覚。なんかいいですね。思えば男色古典に執着して生きるワタクシも偏気を受けて生まれた人間かもしれません。

 次は、一般の人の意見。
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