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梅色夜話

◎わが国の古典や文化、歴史にひそむBLを腐女子目線で語ります◎(*同人・やおい・同性愛的表現有り!!)

『鳥部山物語』 其の五

 室町イズム全開で展開する『鳥部山物語』。クライマックスにむかって盛り上がって(?)おります。


 *前回まで*
 宮中で行われる御修法(祈祷)のため、師である和尚とともに都に上った武蔵国の学僧・民部卿は、都で中納言の一人息子・藤の辨と深い仲になった。しかし民部は武蔵へ帰ることとなり、ひとり都に残された藤の辨は、恋しさと悲しさのあまり寝込んでしまう。見かねた"めのと(男性)"は、父・中納言の命を受けて、民部を連れ戻すために武蔵へ向かった。


◎『鳥部山物語』 其の五

 "めのと"は民部の住まう所を捜し求め、取次ぎを頼んだ。"めのと"は民部に対面するや、
 「こういう事がありましたのを、どうですか、あわれとはお思いになりませんか」
と言うより先に涙にむせぶので、聞いている民部も何も考えることができなかった。しばらくして民部は言った。
 「その通りです。そういう事があったのを、ことごとく世の中に知られることが気恥ずかしく、はっきりと言い出すことができずに過ごしてきました。そなたにさえお知らせせず、今このようにたずねて来ていただいて、面目もありません。
 私も都を出てから、片時もお忘れしたことはありませんが、誰にも心を任せられない生業で、いたずらに今日まで過ごしてきました。辨の君の切なる思いのほどは、聞くのも耐え難く思われます。どうにかしてお遭いしたいものです」
 やがて部屋を出ると、以前悩んだ時に非常にこまやかに慰めてくれた同胞の許に行って相談した。
 「長年懇意にしている縁者が、近頃都近い所まで上ったのですが、思いがけず病に侵されて、世の中も頼み少なくなる中で、"少し相談したいことがあるので、命のある内に今一度"としきりに知らせてきます。どうかあなたのはからいで、三十日あまりの暇を頂戴して、ただ一目でも会うことができれば……」
と嘆くのを、同胞は「なんとかしてお話してまいりましょう」と、すぐに和尚に申し上げた。和尚は当然のことだと言って、御暇をくださった。

 民部と"めのと"は嬉しく思った。折りしも秋風が涙を誘うように訪れ、虫も数々鳴き添えて、草の袂は露深く月を別つ武蔵野を、まだ明け方ではあるが、旅立つことにした。
 しばらく進むと、富士の高嶺に降る雪がつもる思いに重なって、

 消え難き富士の深雪(みゆき)にたぐえても猶長かれと思う命ぞ

などと胸に余ることなどを口ずさみつつ、さらに歩みを進めた。清見ヶ関(現静岡県清水市)というところに着き、磯を枕にする(海辺で寝る)と、涙ながらの独り寝の袖の上ではさすがに寝られず、海士の磯屋に泊めてもらうこととなった。波が寄せてかえす有様にも、我が身の上のように思われる。大方ならぬ悲しさは、しかし何に例えられるだろうか。

 なかなかに心づくしに先立ちて我さへ波のあはできえなむ

 耐え難さの極みであろう。日もだんだん重なるままに、土山(現滋賀県南東部)というとところに着いた。

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『鳥部山物語』 其の四

 前回、ついに想いの通じ合った民部さんと辨の君。
 しかし! ハッピーエンドで終わらせないのが室町イズム。悲劇の序章のはじまりです……


*前回まで*
 武蔵国の学僧・民部卿は、宮中で行われる御修法(祈祷)のため、師である和尚とともに都に上った。その春、民部は花見の山で美しい稚児・藤の辨を見初める。仲立ちを介して文を送ると、かたくなだった辨の君の心も次第に解け、二人はついに契りを交わした。


◎『鳥部山物語』 其の四

 時が移り行くのは世の中の習いではあるが、今さら替え難い夏衣の日々も重なり、はやくも武蔵へ帰る頃になってしまった。供の者たちが、故郷への土産にと錦を飾りつけた華やかな衣を用意して楽しんでいる中で、民部はひとり人知れぬ物思いにふけっていた。涙が置き所なく袖に落ち、何度も染められた紅の色も浅く思われるほどになって行くけれども、帰郷は止められることではない。だが、共に出立する用意をする間も、
 「もう一度、しめやかに語り合うことができたら……」
と、思い忘れることはなかった。

 そうこうしているうちに、はやくも明日、都を立つことに決まってしまった。今宵ばかりの逢瀬に、涙の淵もせき止めがたい。今までこのような憂事に遭ったことがないので、そわそわとして何も考えられない有様である。
 仲立ちの男にいろいろと慰められて、二十日余の月がだんだんと差し上るころ、人を先に眠らせて、例の妻戸から君のお部屋に忍び入ると、五月待つ花橘の匂い(古歌引用。昔を思い出させるもの)ではないが、

 いつとなき世のはかなさを思ふにもいとど越えうき逢坂の関


 民部たちはそれから幾日か過ぎた頃、武蔵国に着いた。


 一方都の辨の君は、民部にお別れになったときから、枕の移り香でさえも、愛しい人のそばにいるような心地がして、それから一日二日は起き上がりもなさらず、袂も尽きるばかりに泣き悲しみなさった。
 自分より外には、誰がこの悲しみを分かち合えるだろうか。ただ少し慰まるのは、あの仲立ちをしていた男が度々訪ねてきて、以前の事などをひそかに語ってくれることだ。だが、それすらいつのまにか途絶えるようになって、恋人の様子を尋ねるたよりもなくなってしまった。
 辨の君はひとり心に恋い悲しみ、起きもせず寝もせず床に夜を明かし、昼は閨のうちから武蔵の方の空を眺めやり、吹き来る風の訪れもたいそう懐かしい。山の端近く出る月が、隈なく澄んで昇るのを見ても、「月には影の……(以前民部が詠んだ歌)」とお詠みになったその面影がひしと身に添って、恋しさだけが思い勝ってしまう。形見(思い出)も今は仇になったと恨めしい中にも、やはり慕わしく思って、

 詠(なが)めやる夕の空ぞむつまじきおなじ雲居の月と思えば

と独り言を言っては、どうして情けなくもこれほど心弱くなっているのかと、人目を思い返してみる。だが、いよいよ苦しさだけがつのるばかりで、少しも人にお会いにならなかった。

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『鳥部山物語』 其の三

 稚児物語『鳥部山物語』第三回です。たぶん一番盛り上がるところです。


 *前回まで*
 武蔵国の学僧・民部卿は、宮中で行われる御修法(祈祷)のため、師である和尚とともに都に上った。その春、花見の山で美しい稚児(藤の辨(=弁))を見初めた民部は、稚児の屋敷の隣家に居候し、思いを伝える機会を待つことにした。幸い、宿の主の息子が稚児と懇意しており、彼は民部の恋文を稚児に届けた。しかし、稚児は赤面するばかりで、返事の文を書こうとはしなかった。


◎『鳥部山物語』 其の三

 宿の主の息子はしかたなく家に帰り、仔細を民部に語った。民部はいよいよ上の空になって、
 「それでももう一度、申し上げてくれ。ただ一文字の言葉さえあれば、限りある命の土産として、これほど嬉しいものはない」
と、顔を合わせるたびに言うので、男はまた辨の君の屋敷へ向かった。

 「先日のあからさまな返事を、どうお思いになっただろうか。人を介してのみお聞きになった苦しさは……」
 辨の君は、自分自身をお恨みになり、雨のような涙をお流しになっていた。そこで男も、
 「あちらの袂もそのように、所狭く濡れております。あまりにつれない態度では、後にはかえって仇となることもあります。お歌の返しだけでも」
といろいろに勧めたところ、
 「私も岩木ではないから、人の情けは知っています。ただ、浮名を流すのが恥ずかしく思えて……」
 そう言って、

 見てしよりわすれもやらぬ面影はよその梢の花にや有らん

と、手習いのようにささっと書いた返歌を、男はようやく受け取って、急いで家に帰った。
 「お返しです」
と言って差し出すと、民部は取る手も遅しとすばやく開いて中を見た。そこには、ふくよかに崩して書かれた文字が、鳥の跡(一字ずつ離して書いたつたない文字)のようで、文字を続けられないのがかえって若々しく、生い先が見えてたいそう美しい。そう思うといっそう耐え難くなって、また文を書いた。

 「散もそめず咲も残らぬ俤をいかでかよその花にまがへん

 ただおおかたの色香ではありませんから、間違いようもありません。この気持ちをどのような風を伝(つて)にしてでも……」

 仲立を勤める男はまた屋敷に向かい、民部の文をお見せした。辨の君はこの歌をくり返し眺めていらっしゃったが、
 「誰かがひそかに聞いていたら困るけれど、ともかくも」
と言って、

 はづかしの杜(もり)の言の葉もらすなよつゐに時雨の色にいつ共

 「何事も何事も悪しからぬように」などとおっしゃるのも可愛らしかった。
 
 民部にこのことを伝えると、病気はいつのまにか治ってしまったが、苦しいことに、忍んで行こうにも人目が多く、日数を過ごすこととなった。

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『鳥部山物語』 其の二

 稚児物語『鳥部山物語』、二回目です。

 *前回まで*
 武蔵野国の学僧・民部卿は、宮中で行われる御修法(祈祷)のため、師である和尚とともに都に上った。その年も明けた春、北山に花見に出かけた民部は、そこでこの世の人とは思われないような美しい稚児を見初める。民部は稚児を探し都中を歩き回っていたが、偶然ある公卿の屋敷でその子の姿を垣間見ることができた。


◎『鳥部山物語』 其の二

 家に帰った民部は、今はひたすら病の床に伏して(←恋の病)、和尚に仕えることも怠るようになってしまった。急いで薬などを用意したが、少しも効き目がなかった。
 雨がしめやかに降り続く物寂しい夜、年頃民部に付き従っている者が、悩める枕に近寄って申し上げた。
 「過ぎにし花の夕間暮れ、ほのかに影を見る月の入り給える空をくわしく知っているものがいます。何某の中納言とかいう人の御子です」
 従者がそわそわと語るのを聞いた民部は、重たい枕をもたげた。
 「どうにかしてその人に近付く手立てはあるだろうか」
 「そのことですが、その方がお住みになっているところの東に、ささやかな家がありました。垣は苔むし、軒にはシノブまじりに草が生い茂っていてわびしい様子でしたが、通りすがりにそっとのぞいて見たところ、六十歳くらいの家の主がいました。その顔をよくよく見てみると、昔からの知り合いだったのです。近寄っていままでのことを語らっていたところ、"かの君"のことまで思わず話にのぼって、たいそう熱心にお仕えしているそうです。
 ご病気が良くなった暁には、しばらくその家にお移りになって、少しの間でもお住みになれば、お心をお伝えする機会はきっとあるでしょう」
 従者の誘いに、民部もうなずいて笑顔を見せていたところに、今度はこれも和尚に親しく仕える、式部という者がやって来た。
 「ご気分はいかがですか。こんな風にこもってばかりいては気も疲れ、心もふさがってしまいます。どこにでもいい庵をひとつ求めて、お心を慰めてください」
 親しげな提案に、民部はうれしいとは思ったが、気の急いたような行いもどうかと、落ち着いて振舞った。
 「その通り、私もそうは思いながら、和尚のお心がはかりがたいので……」
と、眉を曇らせると、
 「どうして悪いように考えるのですか。私が和尚に申し上げてきましょう」
 式部はそのまま出て行ってしまったが、しばらくして、またやって来て、
 「事の次第を申し上げたところ、そなたの心に任せる、と仰せられました。はやく誰かに頼んで宿の手配をなさい」
と、細やかに言い置いて去っていった。民部はうれしさに、すこし心の晴れる思いがして、すぐに具足をしたためて、例のヨモギの生い茂る宿へと向かった。
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『鳥部山物語』

 ウチの雛人形は三人官女までしかありません。ああ、五人囃子が欲しいよう。そしてお内裏様の横に……。なんてことを考えていたら、もう三月が始まってました。
 というわけで、今回から新年度までは長編『鳥部山物語』でお楽しみいただきたいと思います。


 『鳥部山物語(とりべやまものがたり)』というのは、ジャンルは稚児物語(僧と稚児の恋愛)、成立は『秋夜長物語』のあと(室町初期)くらいかと思われます。展開も『秋夜長物語』に影響されたようなところもあるので、比べてみるのも面白いかも知れません。しかし、と言うことはオチもそんな感じになるわけで……。御覚悟の程はよろしくお願い申しあげます。

 『秋夜長物語』は「梅色夜話」HP内でご覧いただけます→



◎『鳥部山物語』 其の一

 とにかく常ならぬものはこの世の中である。
 ここに、近頃武蔵国の田舎で学問をする"そうさ(?)"があった。その長である何某の和尚と言う人の御弟子に、民部卿という人がいた。彼は容色が清らかで美しく、心根は深く、我が家のことならぬ『史記』などの難い書物でさえ、隅々まで通して読んでしまわれていたので、他の人よりもしっかりと覚えていらっしゃった。和尚には傍ら近く召されて、長年お仕え申し上げているのであった。

 さて、そのころ九重(都・宮中)では、何かの御修法(みしゅほう:宮中での祈祷の儀式)が行われるということで、国々から貴い僧達が参り集っていた。この和尚もその数として召され、都にお上りになることが決まり、周りの者たちは上中下も旅の用意に騒いでいた。
 頃は夏の初めである。木々の梢も茂りあい、庭の千草も色を添えている。いと涼しげな宵の間の月がやがて草葉に隠れると、武蔵野が名残惜しく思われて、縁も愛着もあるところでもあり、あとの事などをなにかと言い残しているうちに、短い夜半の明け方となる頃、一行は東の空を旅立った。

 和尚と民部たちは、日数十日余にして都にたどり着いた。何事も衰えた世とはいえ、やはり九重の神々しい雰囲気は、こよなくめでたい。
 しばらくして御祈祷は済んだが、再び武蔵へ帰るべきほどの余裕もないので、そのまま都で月日を送るうち、その年も暮れてしまった。

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