梅色夜話

◎わが国の古典や文化、歴史にひそむBLを腐女子目線で語ります◎(*同人・やおい・同性愛的表現有り!!)

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メルフォお返事

 お久しぶりです!! 全然更新してなくてすみませんっ(><)
 5月から生活リズムがまるっと変わったので、なかなか・・・
 あう、言い訳してすみません・・・
 
 以下メルフォのお返事です。こちらでよかったでしょうか?なにかございましたら削除しますので・・・

 >10/7 Sさま
 メールありがとうございました。紹介&リンク、OKでございます。ヘタな文章でお恥ずかしいですが・・・ありがたいことです(^^) 私も日和大好きなので!! もともと創作や話のネタになればと始めたサイトなので、いろんなジャンルの方に楽しんでいただければ幸いです♪
 ありがとうございました!!

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謡曲『花丸』 後編

 ** 長いので分割しました。 直前の記事の続きです。 **


◎謡曲『花丸』(つづき)

 筑波に戻った花丸は、雨の日の寂しさに、かの俳諧を口ずさみながら、
 「ねえ、清次。今日もお師匠はお出でになりませんか」
 「いまだお出でになりません」
 「ああ、胸が痛い。仮初の睦言に、壁生い草のいつまでも…と約束したこともむなしくなって、無駄になってしまう恨めしさ。ああ、恋しい、胸が苦しい」
 「どうしてそのように仰るのですか。きっとお出でになるはずです。お心強くお待ちください」

 清次はよく慰めたが、待つその甲斐もなく、花丸の声は次第に枯れ、その露の身は消えてむなしくなってしまった(亡くなってしまった)。

 「在りし日の春の頃、旅人にお宿をお貸しし、そのことがあまりに懐かしく思われるので、かの人を訪ねに行こう」
 僧は世捨て人である。だが今は人の心の思うままに、殊更はるばると遠い道を迷い行く。かの人を思うととても急がれた。
 
 「急いでいたら、早くも筑波に着いた。日が暮れてきたので、この草堂で一夜を明かそう」
 すると、
 
 「秋風と吹く笛の音のうたかたの哀れはかなき身の行方かな…」
 
 「これは不思議だ。まどろむ枕のほとりまで、笛を吹いてきたのは誰ですか」
 「誰などとは言うまでもなく、花丸、ここまでやって参りました」
 「これは夢だろうか! 現実だろうか!」
 僧と花丸は、互いに手と手を取り合った。嬉しいと感じるより先に、涙が流れ出た。
 
 花丸は言った。
 「まずは我が家にお入りください。なんと言っていいのか…、嬉しくも御目にかかりましたので、とにかく一会始めたいと思います」
 「それはもっともなこと。では発句をなされませ」
 「いえ、まずはあなたから発句を」
 「いやいや、お稽古のためですから、お受けできません」
 「そうでございますか」
 「吟じてお聞かせください」
 花丸は発句を吟じた。

 「夜嵐は明日見ぬ花の別れかな」

 「面白うございます。では料紙にお書付けください。愚僧は脇を仕りましょう」

 そのとき、花丸の父・何某が供の者に
 「おい、誰かいるか。仏前に勤行していたら、花丸の閨(寝室)から人の声が聞こえた。見てきなさい」
 「畏まりました。(…しばらくして…)不思議なことがあるものです。なんと言えばよいか…御閨の中に、客僧(旅の僧侶)と思われる人が寝ているのが見えました」
【“謡曲『花丸』 後編”の続きを読む】

5年目に突入しました。(謡曲『花丸』 前編)

 4ヶ月ぶりです。こんにちは。全然更新していませんでしたが、このブログもついに5年目となりました。これからもBLな古典や故事を少しでも楽しく分かり易く、そしてより多く紹介していけるように頑張りたいと思います。
 
 ところで。余談ですが、私は最近、N○Kで火曜深夜に放送中の、『タ/イム・ス/クープ・ハ/ンター』という番組にハマっています。これは、某社の特派員(かなめじゅん)が、様々な時代にタイムスリップし、当時の人に密着して、その仕事や営みを取材する、という趣向のドキュメンタリー風ドラマ&歴史教養番組(?)です。
 で、何が面白いかというと、当時の人々の格好がリアルなこと! かつらに見えない月代や、正しいふんどし姿がたくさん観られて最高です。それから、二回に一回は死人がでたり、死体が出たり、えげつない傷跡が出てくるところ! すべてモザイク処理されているのもツボです。あとは、タイムスリップや当時の人々との交渉に用いられる科学技術が空想科学的なところも、理系としては楽しいポイント。
 ご存知ない方は、ぜひ見てみてくださ~い!

 ではここから本題。今回は、個人的に好きな室町時代から、『花丸』という謡曲をご紹介します。
 とってもテンプレなお話なので、ちょっと飛ばし気味でいきますよー。


◎謡曲『花丸』

 「千里を歩む道までも、一足や初めなるらむ」
 常陸の国・筑波の何某の子、花丸は、いまだ都を見たことがなかったので、"めのと(養育役の男性)"の清次を召し連れて、今まさに都に上ろうとしていた。ほのぼのと日の明ける頃、常陸を出て、都の空に向かって行くと、四方の山々が興味深げに見える花の都へと着いた。

 「急ぎましたから、もう都へ着きました。心静かに洛外までも一見したいと思います。ああ、面白い」
 花丸たちは、都の各所を見回った。(←謡が入ります。)

 「ねえ、清次」
 「御前に候」
 「洛陽の名所旧跡を残り無く一見している間に、これから八瀬大原に向かって、叡山に参詣してから帰ろうと思い立ちました。道筋を尋ねてきてください」
 「かしこまりました」

 「ではあそこの御僧に。聞きたいことがあります」
 「わたしのことでございますか。なんでしょうか」
 「叡山へ行く道を教えてください」
 「それは安きこと。愚僧も北谷の者でございますから、御供申し上げましょう。それで、あなた方はどこからどこへとお行になるお人でしょうか」
 「我々は、東国の者でございますが、都から叡山に参詣しようとしているところでございます」
 「それでは同道申し、道すがらの旧跡をお見せ致しましょう」

 「あのう、あそこに人影がたくさん見えますが、何をしているのでしょう」
 花丸が尋ねると、僧が答えた。
 「あれはこの八瀬大原の里人でございますが、賤(しず)の営みに木を伐って背負い、洛中で商いをするのでございます。道すがら小唄を歌っていますので、所望してお聞かせいたしましょうか」
 「それは素晴しいこと! ぜひ聞かせてください」
 「わかりました。 おーい里人たちよ。いつものように歌ってください」
 (人々が歌って聞かせる)

 「面白いものをお聞かせいただきました。 さて、叡山はどこにあるのですか」
 「この峰の上でございます。もう少しお急ぎください。これが根本中堂、薬師横川如意ヶ嶽、山王八王子大宮の御在所、波止土濃まで見えます。よくご覧ください。」

 「やや、はや日も西山に傾いておりますので、御暇申し上げます」
 「待って下さい。この土地には不案内ですので、一夜の宿をお借りしたいのですが」
 「それならば愚僧の庵室へお連れ致しましょう」

【“5年目に突入しました。(謡曲『花丸』 前編)”の続きを読む】

初春企画 「はじめての女装物語」を読む!!

 あけましておめでとうございます。
 昨年は更新回数が数えるほどであったにもかかわらず、お付き合いくださいました方には本当に感謝感激であります!
 本年も更新は少ないかと思われますが、どうぞよろしくお願いいたします。


 さて、今回は、新春特別企画といたしまして、日本最古の古文を読んでみようなかなぁと思います。
 それもテーマは昨今注目されつつある(!?)「女装」!!
 というわけで、かの有名な『古事記』・『日本書紀』より、ヤマトタケルの熊襲征伐のエピソードを味わいたいと思います。
 いつもとは趣向が若干異なりますが、どうぞお付き合いくださいませ。

 *文中、登場人物の名前が複雑で、漢字変換が面倒なのでカタカナで表記させていただきます;


◇『古事記』 中つ巻

*前略*
 景行天皇は、息子の大碓命(おおうすのみこと:ヤマトタケルノミコトの兄)が朝儀に出てこないので、もう一人の息子・小碓命(こうすのみこと:のちのヤマトタケルノミコト)に「やさしく親切に」教え諭すように命じた。しかし、コウスは、天皇の言葉の裏を取って、兄を殺してしまった。
 コウスの凶暴さを恐れ疎んだ天皇は、西国の熊曾(現在の熊本と鹿児島の一国に住む異族)の長(クマソタケルノミコト兄弟)征伐に派遣した。


 このときから、コウスは髪を額(ぬか:15、6歳の少年の髪型)に結っていた。
 熊曾への道中、コウスは、景行天皇の妹であるヤマトヒメノミコトの衣装を借り受けて、剣を懐に入れて旅立った。
 クマソタケルの家に到着し、あたりを見ると、家の周りでは軍隊が厳重に警備していて、その中心に家を建てて、そこに討つべきクマソタケルがいた。そこでは新築祝いの宴をすると言って、食事の準備をしていた。彼らはその傍らをぶらぶらと歩き回って、その祝宴の日を待ち遠しくしていた。

 いよいよ祝宴の日になった。コウスは童女(おとめ)の髪のように、額の上に結われた髪を梳(くしけず)り垂らし、伯母からもらった衣装を身に付けてすっかり童女の姿になって、女人の中に紛れ込んで、クマソの家の中に入り込んだ。
 すると、クマソタケル兄弟は二人とも、コウスの変装した乙女に惚れ込んで、自分たちの中心に座らせて、大いに宴を楽しんでいた。
 そこで、宴もたけなわになった頃、懐から剣を取り出して、兄のクマソの衣の襟を掴んでその胸を刺し貫いた。これを見たは恐れて逃げ出した。コウスはすぐさま追いかけて、高床式の家の階段の下に追い詰め、その背中の皮を掴んで、剣を尻から刺し通した。
 すると弟のクマソタケルが言った。
 「その剣を動かさないでください。言いたいことがあります」
 そこで、その申し出をゆるしてしばらく押し伏せたままにした。弟のクマソは、
 「あなた様はどなたですか」
と尋ねた。そこでコウスは、
 「私は大八島国(おおやしまくに)を知らしめす(日本国を領知する)景行天皇の御子、名はヤマトオグナの王(おおきみ)だ。貴様らクマソ二人は朝廷に対して服従帰属の礼を欠くとお聞きになった天皇が、『貴様らを殺せ』と仰せになって、私を遣わしたのだ」
 するとクマソタケルノミコト(弟)は、
 「やはりそうでしたか。西の方には、我ら二人を除いて、強く力のある者はいません。けれども大倭の国に、我ら二人に勝って強い男がいたとは! ですから、私から御名を奉りましょう。今から後は、倭建(ヤマトタケル)の御子(みこ)とほめ称えましょう」
 クマソタケルノミコト(弟)がそう言い終わると、コウスは熟した瓜のようにクマソ(弟)を切り殺した。
 よって、このときより、御名をほめ称えて、ヤマトタケルノミコトと呼ぶのである。(終わり)





 コウスくん、怖いって!! 尻を刺すなよ;
 それにしても、たくさんいる女人の中から二人に選ばれるなんて、コウスくんの女装姿は見事なものだったのでしょうね。 
 この話をちゃんと読むと、コウスくんの女装計画は、初めからあったように思われます。自分が女装すれば、可愛い女の子に変身できて、男をだませるんだと、日ごろから考えていたのでしょうか。やっぱり恐ろしいコです・・・。

 では、ついでに『日本書紀』の方も見ておきましょう。細部は異なりますが、あらすじは同じです。


***
◇『日本書紀』 巻第七(景行天皇)

 秋八月に、熊襲はまた反乱を起こした。
 冬十月、熊襲を討たせるため、天皇はヤマトタケルノミコトを遣わした。
 ヤマトタケルノミコトは十二月に熊襲国に入った。そこにはクマソタケルという者がいた。名前はトロシカヤ、あるいはカワカミノタケルといった。親族をすべて集めて新築の祝宴をしようとしていた。
 そこで、ヤマトタケルノミコトは、髪を解いて童女の姿となり、こっそりとカワカミノタケルの宴の時を窺っていた。剣を着物の裏に隠し、カワカミノタケルの宴の家に入って女人の中に紛れ込んだ。
 カワカミノタケルは、その童女の容姿端麗なのを気に入って、すぐに手を携えて席を供にし、酒を飲みつつ、その童女に戯れ、弄った。
 夜も更け、人がまばらとなった時、カワカミノタケルは酒に酔っていた。そこでヤマトタケルノミコトは着物の中の剣を抜いて、カワカミノタケルの胸を刺した。いまだ死なぬカワカミノタケルは、
 「少し待ってください。言いたいことがあります。あなた様はどなたですか」
 ・・・
 ・・・こうして日本武皇子(ヤマトタケルノミコ)の名をもらい、今に至るまで、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と褒めたたえるのである。(終わり)





 『日本書紀』版、いかがでしたか。こっちでは、お触りまでされちゃってます(原文「杯を挙げて飲ましめつつ、戯れ弄る」)。男の子だとバレなかったのでしょうか? 気持ちよく飲んでたのにいきなり刺されて、クマソさんの驚きようはハンパじゃなかったでしょうね。


***

 いつもとは趣向が違いましたが、今回はいかがだったでしょうか。男色に限らず、美少年のお話、ファッション、女装の話題なんかにも触れていきたいなぁと思っております。(個人的には、古文の中の百合話なんかも探して見たいのですが・・・あるのかな?)
 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます!



 

お気に入り画像のスライドショーを制作しました

 お気に入りの画像を集めて、スライドショーを制作しました。
 実はずいぶん前に作って某所にうpしていたので、見たことある方もいらっしゃるかも!?
 今回はどなたでもご覧いただける場所を借りてアップしました。より大画面・高画質で見られるようになったかな?

 ↓でも見れますが、元は http://zoome.jp/umeiro/diary/2 です。




 お暇な時に見てみてくださいね。
 当時の若衆たちのファッションや仕草が少しでも分かるようになりたい!!



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